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中国「国防動員法」―はじめに

田代秀敏

このブックレットの目的は、中国で2010年に制定された国防動員法の内容、および背景にある中国の世界戦略を簡潔に説明することです。中国が圧倒的な存在となっていく今後の世界で、日本がどのように生きていけばよいのかを考えるための資料のひとつとなれば幸いです。

私は経済学者であり、中国の経済・財政・金融が専門です。しかし、中国通関のスタンプでパスポートが一杯になるまで何度も中国を訪れている間に、人民解放軍の高級幹部と対話した経験もあります。

ところで、2011年3月11日に起きた東日本大震災は、巨大な地震が巨大な津波そして深刻な原子力発電所事故を引き起こし、未曾有の国難を日本にもたらしています。1995年の阪神・淡路大震災の後もそうであったように、日本経済が持ち直すための鍵になっているのは、中国経済の高度成長です。

しかし1995年と2011年とでは、日本と中国との関係は一変しています。

1995年に、日本は世界では第二の、アジアでは最大の経済大国でした。しかし、2010年に中国はドル建て国内総生産(GDP)で日本を抜きました。また、内外価格差がなくなるように調整した為替レートである購買力平価建てでのGDPでは、中国は2011年に日本の2.5倍強の規模に達し、2016年にはアメリカを抜いて世界一の規模になると、国際通貨基金(IMF)は予測しています。

1995年には、中国の海軍力は海上自衛隊に圧倒されていました。しかし、2011年の現在、中国の海軍力は日本の海上自衛隊どころか、アメリカの第7艦隊さえも圧倒する水準に増強されています。

したがって、震災からの復興を中国経済の高度成長を利用して進めるために必要な政治と外交との両面での対処は、1995年の時よりも格段に難しくなっています。

また、中国の劇的な台頭は、震災からの復興の仕方にも影響を及ぼしています。

阪神・淡路大震災の後に、被災前の状態に戻す「復旧」が行われた結果、神戸港の施設は時代遅れとなり、韓国の釜山、台湾の高雄、中国の上海・深セン・香港などの港にハブポート機能を奪われ、国際的な貿易港の地位から転落してしまいました。それから16年が経った今、東日本大震災の後に「復旧」を進めれば、東北の被災地だけでなく日本の産業が丸ごと時代遅れとなって、世界市場シェアを中国に奪われる恐れが充分にあるのです。

しかも、中国は海洋に本格的に進出し、太平洋でアメリカと対峙するようになる過程で、日本と鋭く対峙することを覚悟しています。その覚悟を中国は隠していません。 たとえば、中国人民大学国際関係学院の金燦栄副院長は、日本の国会図書館で平成22年10月8日に開催された公開セミナー(*)の席で、こう述べています。

「中国の国家利益は今、中国国内のみならず、すでに国境を越えて海外に広がっています。このような国家利益を守らなければならないという観点が強くなっているのです。」(記録集242ページ)

「これまで中国が陸上大国で、日本が海洋大国であるとみられてきましたが、中国が発展に伴って海洋に進出し、海において両国間に新たな緊張が生じることは避けることのできない事実であると思われます。」(同248ページ)

*このセミナーの記録集は次のURLで公開されています。https://dl.ndl.go.jp/pid/3050689/1

実際に、この発言がなされた約1か月前の2010年9月7日、中国の漁船が、日本の領海である沖縄県尖閣諸島付近で、海上保安庁の巡視船に衝突を繰り返した事件が起きました。

事件の現場を撮影した動画がインターネット上で公開されたこともあり、衝突事件とその後の顛末に多くの日本国民の関心が集まりました。しかし、この事件の半年前に中国で「国防動員法」が制定され、有事対応のための法整備が完成されたことは、ほとんどまったく報道されませんでした。

そこで、このブックレットでは、国防動員法の条文の翻訳を引用して詳しく解説します。条文は読みにくいですが、その前後の解説を参照することで、その意図と背景にある戦略とが理解できるように工夫したつもりです。

なお、このブックレットの本文は、東日本大震災の前日の2011年3月10日に、衆議院第二議員会館内で開催された日本会議国会議員懇談会での私の講演をまとめたものです。

この小さなブックレットが、日本の将来を真剣に考える方々にとって、参考になれば幸いです。

中国「国防動員法」―その脅威と戦略と