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「ヤスクニを守って」地球の裏側の子供たちからの手紙

「ヤスクニを守って」地球の裏側の子供たちからの手紙

※抄録
ジャーナリスト 打越和子


ブラジルの中高生からの手紙

ブラジルと言えば、サッカーとサンバの国、というイメージが強い。そのブラジルで若い世代が、「靖国神社を守って下さい」と日々祈っていると聞けば、誰もが不思議に思うだろう。

この7月、『日本の皆様、靖国神社を守って下さい―ブラジルの中高生からの手紙』(明成社)という本が出版された。ブラジル・サンパウロ市の日本語学校「松柏学園」と、公教育の私立学校「大志万学院」の生徒たち20名の手紙を収めたものだ。この2校の生徒たちは、2年に一度「訪日使節団」を組んで来日し、沖縄から北海道までを約40日かけて巡り研修している。

私は平成10年に来日した第12回使節団に約一週間ほど同行して取材したことがあり、その関係で、今回の本の出版にも関わった。また、大志万学院の真由実・川村・マドエニョ・シルバ校長が別件で7月上旬に来日された際、お会いして最近の生徒たちの様子などを伺った。それらの取材をもとに、「靖国を守って」と祈るブラジルの子供たちについて、レポートしたい。

南米大陸の47.3%を占める世界第五の大国であるブラジルは、地球上で日本のちょうど裏側に位置している。日本との時差は12時間。そんな遠い国にも拘わらず、ブラジルは世界で一番日系人が多い国だ。1908年(明治40年)に移民船・笠戸丸の781人がサントス港に到着して以来、あと5年で日本移民百周年を迎えようとしているこの国には、現在140万人の日系人が暮らしている。

サンパウロ市の日本語学校「松柏学園」は、日系二世の真倫子・川村学園長が、1952年(昭和27年)に設立した。大志万学院は、日本語教育を公教育の場で実践しようと真倫子学園長が中心となって93年に設立されたもので、真由実・川村・マドエニョ・シルバ校長は真倫子学園長の娘である。生徒は、日系人が多数を占めているが他国系の生徒も在学している。松柏学園は5歳から大人まで60人余り、大志万学院は保育部、幼稚部、小・中学部の150人が在学している。今回、「靖国を守って」という手紙を書いたのは、その二校に通う12歳から18歳までの生徒たちである。

平成14年6月、当地の日本語新聞であるサンパウロ新聞とニッケイ新聞に掲載された「日本では靖国神社に代わる追悼施設が検討されている」との記事に驚いた真倫子学園長が、この問題について教室で取り上げたところ、反響は大きかった。生徒たちは、目に涙をいっぱいためて、食い入るように話に聞き入ったという。そして、習い覚えた日本語で、一所懸命に自分の思いを綴ったのである。

揺れる日系社会

ブラジルの生徒たちが日本の靖国神社のことについて、なぜこんなに敏感に反応したのか。それは、まず一つに、ニュースの伝え手である真倫子学園長が、この問題の重大性をよく理解して、生徒たちに訴えたからである。

真倫子学園長は12才のとき、一年間の留学を目的に母親と共に来日中、大東亜戦争が勃発、そのまま昭和26年まで日本に滞在した。二重国籍を取得していたため、日本人学生と同様、戦時学徒動員として軍需工場で旋盤を回し、米国機の空爆下を逃げ回った。きのう話をした友人が次の日には死んでいたり、特攻隊を志願していく同世代の青年たちも目の当りにした。戦争の苦しみと悲しみを日本人と共にした、という思いが真倫子学園長には強くある。だから、靖国神社のことは「他人ごと」ではないのだ。また、それは、自分個人にとって「他人ごと」でないだけでなく、ブラジル日系人全体にとって「他人ごと」でない、重要な問題だという認識が真倫子学園長にはある。自分たちに流れる日本人の血に誇りを持てるかどうか、それは日系子弟たちの将来を決する問題なのだ。

「靖国で会おう」と誓って死んでいった戦没者を蔑ろにして、外国の言いなりに他の施設を作る日本。それが自分たちのもう一つの祖国だなどと、どうして胸をはって言うことができよう。
「自分の血に誇りを持っていれば150%の力が発揮できる。劣等感を持っていれば50%の力しか発揮できない」と真倫子学園長は言う。

1972(昭和47年)から始めて来年で15回を数える松柏学園の「訪日使節団」も、日系人としての誇りを生徒たちに自覚させるために続けられてきたのだ。それなのに、近年は当の日本が、自信を喪失してさまよっている。5年前に私が取材した時にも、真倫子学園長はこう言っておられた。

「ブラジルの日本語学習者がどんどん減ってきています。日系人も三世、四世となると血が血を呼ぶという関係は薄れてしまう。さらに『日本はこんなに素晴らしい国だよ』という日本人が少なくなって、逆に日本に関する悪い情報がマスコミを通じてたくさん伝わってくる。日系人としての誇りを持てない若い人たちが増えてきました。私どもは既に10年前、このまま行けば日本語学校である松柏学園はたちゆかなくなるだろうと見通しをたてました。公学校の大志万学院を設立したのはそのためです」

日本の混迷は、ブラジル140万の日系社会にも大きな影を落としているのだ。しかし、真倫子学園長は、「外国人である自分にそんな資格はない」と、日本の現状を高みから批判することは決してされなかった。けれど、その話しぶりからは「本当の日本はそんな姿ではないはず。早く目覚めてほしい」という祈りにも似た痛切な思いが伝わってきたものである。生徒たちに「靖国神社に代わる追悼施設建設」の問題を話したときの真倫子学園長も、きっとそのようであったに違いないと私は想像している。生徒たちが「目にいっぱい涙をためて」「食い入るように」先生の話に聞き入ったのは、そこに先生の切実な祈りを感じとったからに違いない。