事のおこりは、この秋開催された第39回日本児童青年精神医学総会で、米国精神分析協会のドクターダニエル・フリーマン氏が「神話から見た日本の育児をめぐって」と題して講演することを、私の娘(某大学精神科助教授)が知ったことから始まります。“神話”ということで娘は拙著『母と子におくる教科書が教えない日本の神話』を総会会長を通じてフリーマン氏に贈りました。会長から「驚きました。数年前、出雲井晶著『新わかりやすい日本の神話』を選んで、フリーマンとの勉強会のおりに使ったのです」と、奇遇を喜んだ手紙が届き、私はその精神医学総会に招待されました。
日本の精神科医の人々を前にして、フリーマン氏の口からは何度も、イザナギ、イザナミとかアマテラス、スサノオとの名が、親しみをこめて語られていきました。
私の日本神話の読みとり方は、日本神話には、まず、どんな時にでも変わることのない天地をつらぬく永遠の理法が示されていること。その理法にのっとって生きていけば人間はみんな幸せに生きられることが、教えられていること。また、わが日本の国が建国されていく様が、壮大な目に見えない神の世界の物語と目に見える地上の話とを交叉させながら、語られているとしています。
35年間、世界各国の神話を精神医学的に解読してきたドクターフリーマンの説には、独自の見方がありました。神話の初めから終わりまでを、人間の精神的発達段階ととらえているのです。
たとえば、イザナミ様が黄泉の国へいかれる場面は、子どもが母親から精神的に離別する状況が描かれていると、みるのです。天にのぼったスサノオ様が、生き馬の皮をはいで服屋(はたや)に投げいれたりする場面は、エロスの世界です。高天原を追われ地上におりたち八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治するくだりは、エロスをぬけだし高い愛アガペーに昇華していく精神の過程が表現されていると、みるようです。アマテラス様は聖なる愛の象徴とみるところなど、なかなか説得力があります。
日本神話とは”ことだま”の世界ですから、様々な多面性を秘めています。ドクターフリーマンの見方も、一つの見方としておもしろいと思いました。
占領軍によって五十余年前に消されてしまった日本神話です。その消した国のドクターが来日して、神話の存在すら知らなくても仕方のない人々が熱心に耳を傾ける光景を、私は複雑な思いでみつめました。
フリーマン夫妻は、日本の神話伝承館にも来館されました。一つ一つの絵の前で立ち止まりくい入るようにご覧になりました。
「大きな画面が神話の雰囲気をもりあげてくれるので、神話がよくわかる。日本の子どもたちみんなが、この館をおとずれて神話のすばらしさを知ってほしい。
第二次大戦までは、神話は、日本の母親から子どもへと自然に受けつがれてきた。それが子どもの精神の発達によい影響を与えてきた。
戦後は母親が神話を知らないから子どもに語れない。とても残念なことだ。
あなたはどうか、日本の子どもたち皆の祖母になって、子どもたちに日本神話を語りきかせて下さい」
と言われました。
今、わが国は教育、経済、外交、どこをみても末期症状の観があります。これを本来の正しい日本の姿にもどすには、現在、国中に瀰漫している唯物、科学万能の考えから百八十度転換して、”日本神話の心”にかえる以外に道はありません。
私は日本の子どもたちの本当の幸せのために、自分たちの原点である日本神話を伝えることを悲願としています。天はその加勢のためにフリーマン氏を遣わして下さったと感謝したことでした。
「今回の旅行のハイライトは日本の神話伝承館を訪ねたことだ。日本は幸せだ、出雲井晶がいるから」
とまで、帰りぎわに言って下さいました。
握手した大きな手に私は一瞬、日本神話にでてくる猿田毘古神(さるたびこのかみ)に握られた錯覚にとらわれました。
(「日本の息吹」平成10年12月号より)
『絵で読む日本の神話―神話伝承館への招待』 |