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大反響!日英バイリンガル『再審南京大虐殺』の読み方

大原康男

日英バイリンガルの『再審「南京大虐殺」-世界に訴える日本の冤罪』が 発売以来、大きな反響を呼んでいる。 代表編集委員の一人である大原康男・國學院大学教授に、 その発刊の意図についてお話しを伺った。

 

国際反日包囲網を突破せよ

【史料】中国発「南京大虐殺」宣伝は世界に拡大中!
■1999.1.15 南京大虐殺の映画「ラーべ日記」の撮影開始
■1999.12.12 日本で「戦後補償市民ォーラム」開催
■1999.12.13 中国海外交流協会が南京大虐殺のホームページ開設
■2000.1.20 カナダのバンクーバーで「南京大虐殺、歴史を鏡として新ミレニアムに遭遇する」と題したシンポジウムが開催、日本を非難
■2000.2.10 オランダ皇宮博物館で、油絵「南京大虐殺」展示会開催
■2000.2.20 マニラのフィリピン華裔文化伝統センターで、日本軍による中国侵略を示す「南京大虐殺」写真・図画展覧会が開幕し、マニラ市長が出席
■2000.4.23 ワシントンの国際通貨基金で、油絵「南京大虐殺」を展示
■2000.4.28 中国人権発展基金会は東史郎氏激励会を開催し、国連人権委員会と国際裁判所への提訴を支持支援することを決定
■2000.4.29 中国とデンマークの国交成立50周年を記念してオーブス市の市政ホールにて大型展覧会「平和と生命を愛して 南京大虐殺中の国際的な救援」開催
■2000.6.19 東京地裁で細菌戦の犠牲者と称する中国人が証言
■2000.8.1 日本軍の侵略行為を表す歴史資料を示すホームページ「歴史の忘却を許さない」開設
■2000.9.29 シンガポール政府は、中国との文化協力協定に基づき、国立博物館で太平洋戦争資料展『権力とプロパガンダ』を開催、中国の抗日戦争記念館から借り受けた史料100点あまりを展示

―本書の特徴は、なんといってもまず、日英バイリンガルであるということ。つまり、「国外への発信」が強く意識されているということですね。

大原 1997年にアメリカでアイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』が発刊されて話題となったのはご承知の通りです。日本軍は、ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺に匹敵する大虐殺を行ったという宣伝本ですが、歴史書としては誠に杜撰(ずさん)なこの本が、アメリカでベストセラーになった。そして、カリフォルニア州議会に見られるように、日本の過去の戦争犯罪を告発しようとする動きが、顕著になってきました。

さらにアイリス・チャンの背後には中国政府があり、組織的・戦略的な反日運動が国際的に推進されていることがわかってきた。この事態を座視すれば、国際的な反日包囲網が決定的に敷かれてしまう。「世界に向って明確な反論をなさなければならない」というのが、本書発刊の大きな動機です。

竹本忠雄先生が座長を務める日本会議国際広報委員会が同じ年に発足し、この最初の仕事としてこれに取り組むことになった。アメリカを舞台にしてこの包囲網が深刻な形で進展しつつあるので、まずアメリカ国民に訴えることが大切と考え、英語版を企画するということになりました。

―英語版を作るにあたって、いろいろ苦心されたと思いますが。

大原 ええ、どうしたらアメリカの人たちに訴える力を持つか、ということですよね。
まず一つ目の工夫は、「南京大虐殺はなかったのだ」という主張を前面に押し立てることを控えたということ。なぜなら、アメリカにおいては、「南京大虐殺」は半ば定説と化している。「なかった」ということをどんなに精緻な論理でこちらが述べたとしても、アメリカ人は「日本人は自分たちの責任を覆い隠そうとしている」「卑怯だ」という受け取り方をする。感情的な反発を招くだけになってしまう。残念ながら、彼らの頭の中では、大虐殺が「あった」ということが当り前の前提になっている。 それでは、その「あった」という論拠は何か、「あった」ということは本当に証明されているのか、と訴えてみてはどうかと考えました。

我々は「なかった」ということを立証する必要はない。「あった」と言っている側に挙証責任があるという前提に立って、その立証が出来ていないことを我々が逆に論証すれば、それで十分である。そういう形で議論の土俵を作り直そうと構想したのです。

 

刑事訴訟の手法を採用

大原 二つ目の工夫は、論証の形式です。学術論文としてのオーソドックスな形式も考えられましたが、第一次史料がどれで、第二次史料がどれだといった、専門的な史料批判に入り込むことになってしまう。これは、一般のアメリカ人に容易に理解してもらうための手法としては必ずしも適切ではないだろうと考えました。

唐突ですが、私がふと思い出したのは、ミステリー作家・高木彬光の『成吉思汗の秘密』という本なんです。これは、日本におけるベッド・ディデクティブの走りと評価されています。
ベッド・ディデクティブとは、病気や怪我などで長期入院している名探偵が退屈しのぎのために、何人かアシスタントを使いながら歴史的な定説を覆す、という歴史ミステリーみたいなものを指すそうです。
高木彬光がヒントを得たのは、イギリスのジョセフィン・ティという女性の推理作家が書いた『時の娘』。これは、シェイクスピアによって空前絶後の悪王として描かれているリチャード三世が、実はそうではなく、英明勇敢な賢王であったことを証明しようとしたものです。それにヒントを得て、高木は「成吉思汗は源義経であった」という俗説を定説化しようとしたのがこの小説のモティーフです。

無論我々は「南京大虐殺がなかった」という主張が俗説などとは考えていません。それは学問的裏付けのあることなのですが、それを論述する手法として、法廷ミステリーの体裁を借りることは面白いかもしれない、と思った。
というのは、高木が、小説の中に名探偵として登場する神津恭介をして、こう語らせているからです。「殺人罪というものは他殺死体が発見されなかったら成立しえない」と。

「日本軍が組織的・計画的に、三十万人以上の捕虜ないしは民間人たる中国人を殺害した」と非難されているのが、いうところの<南京大虐殺>ですね。
これを一つの殺人事件として捉えた場合、まず、三十万人もの他殺死体は発見されたのか、あるいは、三十万人もの殺害現場を目撃した人は本当にいたのか、ということが検証されねばならないでしょう。
次に、死体の正体、つまり被害者は誰かということの特定が必要になってくる(兵士なのか民間人なのか)。
また、その死因が病死や自殺や事故死でなく、神津恭介の言葉を借りれば、「外部からの圧力によって生命を絶たれた死体であるかどうか」が問題となる。
さらに凶器は何か。加害者は特定出来るのか(日本軍と限定できるのか)。その殺害に違法性があるのか(戦闘行為によるものか、そうでないのか)。加害者の動機は何か。その犯罪事実を裏付ける人証、物証はあるのか―。

<南京大虐殺>をこのようなポイントで厳密な刑事手続きに則って検証するという方法は新しい切り口になるのでは、と考えたわけです。
アメリカでは、法廷推理ドラマがテレビや映画でたいへん人気があるし、陪審員制度が敷かれている国ですから、そういった論述の形式は案外なじみやすいのではないか、と。