日本の歴史・伝統文化など「日本人の誇り」をよみがえらせる書籍の出版をしています

「ヤスクニを守って」地球の裏側の子供たちからの手紙

特攻隊の若者を思って

さらにまた、生徒たちの多くは「訪日使節団」に参加して靖国神社に参拝し、遊就館を見学した体験を持っている。そして特に特攻隊の若者たちが書き残していった遺書に強い衝撃を受けている。

純粋な心は美しいものに魅かれるという。生徒たちは、戦時下の青年たちが、守るべきもののために起ち上がった美しい精神を、まっすぐに受け止めた。そして自分たちは、そのような精神で戦った日本人の血を引いているのだと誇りを抱いて帰国したのである。その生徒たちが、靖国神社に代わる追悼施設建設の動きを一体どのような問題としてとらえたのかについては、この度の本の前書き「なぜ、子供たちは手紙を書いたのか」の一文で、真倫子学園長がこう書いている。

「特攻隊の若者たちの、国を思う純粋な気持ちに感動した子供たちは、敏感に、この追悼施設建設の動きが『彼らの誇りを傷つけるものだ』と感じとったのだと思います。そして、それは『自分たちの血の誇りを傷つけるものだ』と感じ、それが涙となってあふれたのです」

死者の権利を奪わないで

松柏、大志万の生徒たちは日系人だけではない。真倫子学園長、真由実校長の教育方針に共感する中国系、韓国系、ヨーロッパ系の子弟たちも少なからず通っている。そして、靖国神社の問題に関しては、日系ではない子供たちも、深い関心を寄せたという。たとえば、「文化を救って」と題した13才の少女の手紙(原文ポルトガル語)はこうである。

(ナタシャ・フェヘイラ・ボガシオヴァス)
国のために亡くなった人々の遺品や手紙が納められている神社を移動することに大反対です。その人達のおかげで現在の日本があるのでしょう。私は日系人ではありません。ロシア人とドイツ人の子孫であるブラジル人です。でも、それは関係ないと思います。
大切なのは相手を思いやる気持ちと相手の文化を尊重する心ではないのでしょうか。それに、日本人でなくても国のために命をささげた人達のご家族の悲しみは私にも分かります。子供をなくした母親達は決して懐かしい息子達にあえるこの場所を変えてほしくないと思います。
「私のことがなつかしくなったら、靖国神社の桜を見に行ってね」と言い残した息子達に会いにいく所なのです。それに、桜の花は日本を代表する花ですよね。いっしょにいさせてあげてください。

靖国神社は亡くなった方が家族と会う場所として約束した大切な所だ、別の施設で替えることはできない―ということは、他の生徒の手紙にも繰り返し書かれている。生徒たちの手紙を読んで驚かされるのは、亡くなった方々の思いを大切にする気持ちが強いこと、そして「魂」の存在を信じていることである。ブラジルはカトリック教国で、日系人といえども多くがカトリック信者だという。カトリックでは「魂」の存在をこのように確信するのだろうか?今回、来日した真由実校長にこの件をお聞きしたところ、概ね次のような答えが返ってきた。

「カトリックは亡くなった人への思いは強いですよ。毎晩祈るのは、神に対してと亡くなった方々に対して。11月1日と2日は日本のお盆にあたり、お墓へ花をたくさん持っていってきれいにします。カトリックと言っても、色々な宗教の要素が混りあっているかもしれません。ブラジルは人種のるつぼですから。
私は、神様は一つだけれど、そこに至るにはいろいろな道があっていいと思っています。ブラジル人はその辺りは寛容です。
とにかく、子供たちは、亡くなった人たちの気持ちを大切にしないことが悲しいのです。『死んだら靖国神社で会おう』と言って亡くなった方たちは、靖国神社で安らかにまつられる権利がある。今を幸せに生きている者がその死者の権利を奪うことは許せない、と。それが子供たちの強い気持ちです」